日本史を読む
1998-5-15
中央公論社
「日」丸谷 才一,「日」山崎 正和
丸谷・山崎コンビの対談集は数多くあるが、本書は、「中央公論」誌上で8回にわたり連載されたもので、飛鳥時代から戦後高度成長期までの日本の通史が扱われている。斎藤茂吉「万葉秀歌」から相田洋「電子立国日本の自叙伝」まで40冊弱の歴史小説、戯作、評伝、歌論、哲学書等を素材に、想像力豊かで自在に「日本史を読」んでいる。
2人の目利きが選んだ歴史書と、2人の碩学が語る当時の世相はいずれも興味深い。評者にとって特に面白かった箇所を具体的に挙げよう。1つは角田文衛著「待賢門院璋子の生涯」を紹介し、院政時代の宮廷(サロン)の乱倫について論じている箇所である。璋子が生んだ子(後の崇徳天皇)の父親は夫君の鳥羽天皇ではなくその祖父の白河法王であったことを、角田氏がオギノ式理論で厳密に証明している点を引用し、このことが保元の乱の伏線となったとの仮説は読んでいて楽しくなった。もう1つは鳥井民著「横浜富貴楼 お倉」を素材に、江戸下町生まれで元遊女のお倉さんが横浜尾上町に開いた料亭(サロン)とそこを贔屓にした明治の元勲達の話である。長州や薩摩出身の高官が何故頻繁に東京から横浜まで出かけたかの推測は説得性があるし、お倉の才覚と教養が、外務大臣の人選や外貨調達策に関与し日本郵船合併を斡旋する話には、興味をそそられた。
著者たちは「ヒストリカル・イフ」は禁じ手といいながらも、大胆な発想と確かな学識に基づく想像は自由奔放である。もっとも親しい2人の座談は時には盛り上がりが過ぎて、奇談、法螺話の類いが散見するにしても、読む者に歴史に遊ぶ歓びを与えてくれる。
丸谷 才一(まるや さいいち、1925年(大正14年)8月27日 - 2012年(平成24年)10月13日)は、日本の小説家、文芸評論家、翻訳家。主な作品に『笹まくら』『年の残り』『たつた一人の反乱』『裏声で歌へ君が代』『女ざかり』など。文章は一貫して歴史的仮名遣いを使用。日本文学の暗い私小説的な風土を批判し、軽妙で知的な作品を書くことを目指した[1]。小説の傍ら『忠臣蔵とは何か』『後鳥羽院』『文章読本』などの評論・エッセイも多数発表しており、また英文学者としてジョイスの『ユリシーズ』の翻訳などにも携わった。
山崎 正和(やまざき まさかず、1934年3月26日 - )は、日本の劇作家、評論家、演劇学者。大阪大学名誉教授、LCA大学院大学学長、文化功労者、経済産業省参与。京都府出身。京都府立鴨沂高等学校を経て、京都大学文学部哲学科美学美術史専攻卒業。同大学院博士課程中退。イェール大学演劇学科留学。関西大学文学部助教授、教授、大阪大学文学部教授、1995年退官、東亜大学学長を経て現職。1993年『演技する精神』で大阪大学文学博士。