恋愛小説の誕生
2009
笠間書院
井上泰至
日本文学史上初めて登場した女性向け大衆娯楽小説、人情本。
この中心にいた為永春水の作品を繙き、評価の低かったこのジャンルを再評価する。
現代の恋愛と人情本はどう切り結ぶのか。
今までの文学研究の枠を超え、言語学・心理学・社会学等の成果も援用し分析しつくす、刺激的な一冊。
1 「ラブ」と「人情」―江戸から近代へ 変わりゆく恋愛観
2 女が小説を読むということ―一体感を生む恋愛描写の秘密
3 恋愛の演技―コミュニケーションの形から読み取れること
4 会話の妙の秘密―恋人たちの語らいを生き生きと再現できたわけ
5 「いき」の行方―美学からコミュニケーションの世間知へ
6 女の涙―不幸と恋愛の接続によるカタルシス
7 物語の面影、歌心の引用―人情本の文学的資源
8 恋のふるまいと女の願い―神話・美・道徳・教訓
ようこそ、クールな、しかし人情味あふれる、
恋のいとなみの世界へ!
日本文学史上初めて登場した女性向け大衆娯楽小説、人情本。この中心にいた為永春水の作品を繙き、評価の低かったこのジャンルを再評価する。現代の恋愛と人情本はどう切り結ぶのか。今までの文学研究の枠を超え、言語学・心理学・社会学等の成果も援用し分析しつくす、刺激的な一冊。
荷風・鴎外・漱石も読んでいた「人情本」がわかる。
●はじめに
江戸のハーレクインロマンス/小説が娯楽に徹してはいけないのか?/文学へのものさしの変化/人情本を読むことの今日性/恋愛の演技・会話・ルールと女性の生き方----本書の構成/バイアスの相対化----本書の方法
●Ⅰ 「ラブ」と「人情」
江戸から近代へ--変わりゆく恋愛観
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◎コラム
introduction 江戸の恋愛小説=人情本への切り口
1 商品としての小説を女性が読む意味
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1 純愛という「病」
心の一致は可能か/「純愛」によって見えなくなるもの/
2 クールな江戸の恋人たち
純愛の対極にあるもの/笑いながら読む濡れ場/「いき」の魅力を殺すもの/
3 ラブの牢獄からの逃走者
ラブの餓鬼道/相思相愛を断つ「良心」
4 精神世界の勝利という倒錯
理性の勝利か、観念の奴隷か/現実を裁く観念/急速な近代化の負の側面/愛による「救済」と「文明化」
5 純愛からの視線
恋愛の演技への抑圧/江戸文学研究の近代的視線/純情か演技か/「建設的」な文学への再評価
6 演技・教訓への再評価
演技の身体性への再評価/「いき」の美学の読み替え/ロマン・写実・美学からの人情本評価/露伴----近世と近代を跨ぐ存在/江戸二百七十年の成果
●Ⅱ 女が小説を読むということ
一体感を生む恋愛描写の秘密
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◎コラム
introduction 江戸の恋愛小説=人情本への切り口
2 レーベルを立ち上げた「作家」
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1 読書の現場
ムスメが小説を読むことへの驚き/ムスメの愛読書/続き物となる理由
2 消費される恋物語
恋愛心理描写の冴え/危険な恋を安全に味わう/女性読者の意識
3 擬似恋愛行為としての読書
男女の奇遇/愛の過剰と嫉妬/恋愛心理の妙
4 読む人情噺
笑いを生むテンポ/笑いの後には情感を/芸能的な文章の呼吸
5 恋と恋物語の魅惑の本質
恋の行方を知りたがる女/秘密----娯楽小説の原点
●Ⅲ 恋愛の演技
コミュニケーションの形から読み取れること
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◎コラム
introduction 江戸の恋愛小説=人情本への切り口
3 江戸へのノスタルジーの源泉
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1 ジャンルの生成
反転するジャンル/恋愛のマニュアル
2 なぜ恋愛に演技は必要か
儀礼と演技/演技と感情のバランス
3 洒落本の反転
恋の舞台・恋の楽屋/登場人物の役割の反転
4 演技の戦略・その1
演技が生み出す魅力/冷静と情熱の間
5 演技の戦略・その2
甘い言葉を卒業したら/嫉妬には嫉妬で
6 演技の本質
感情の再現/音楽まで「冷静」に
7 恋愛の演技の系譜
「いき」の再解釈へ/恋愛描写の源泉
●Ⅳ 会話の妙の秘密
恋人たちの語らいを生き生きと再現できたわけ
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◎コラム
introduction 江戸の恋愛小説=人情本への切り口
4 「いき」の解釈をめぐる時代層
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1 恋の調停・観察
落語・講談と春水/恋の調停者たちとの近さ/戯作者の生活/心理描写を支えるもの
2 会話をはずませるもの
繰り返しの効果/語り直しのモデル/人情本の実例/恋のコーチング
3 落語的なしぐさと言葉
見立てのしぐさ/江戸のコミュニケーションの軽やかさ
4 トリチガエの話法
せめぎあいのクリカエシ/トリチガエの効果
5 良質な人情本を支える会話
演劇的クリカエシ/会話の妙こそ命
●Ⅴ 「いき」の行方
美学からコミュニケーションの世間知へ
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◎コラム
introduction 江戸の恋愛小説=人情本への切り口
5 三弦の誘惑----恋に言葉はいらない
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1 恋のサスペンスと予定調和
恋の行方というサスペンス/妻妾同居のハッピーエンド?
2 諦めという大人への階段
丹次郎の不実はなせ容認されたか/恋の修羅場/男の可愛げ/心を成長させるもの/「いき」=大人の内面の美/「関係」としての「いき」
3 演技の応酬
女たちの思惑/恋のペースは米八本位に/復讐の濡れ場/演技としての媚態
4 「媚態」から「意気地」へ
自他の名誉の保障/「意気地」の原義/器量の大きさ
5 予定調和の魅力
小さなプライドを消す「意気地」/「意気地」の浸透/講談的場面構成/大衆的文学の核心
6 美学から世間知へ
世間知としての「いき」
●Ⅵ 女の涙
不幸と恋愛の接続によるカタルシス
1 愛情表現の前近代と近代
アイ・ラブ・ユーをどう訳すか/愛の名作の台詞/涙を生み出すもの/現代の純愛物語の関係性
2 人情本における愛の言葉
七年ぶりの邂逅/「死んでもいい」が意味するもの/愛ゆえの行動を示す言葉
3 読む快楽としての「涙」
笑いと涙/女性読者は「涙」がお好き/天保期人情本の明るさ/健康的な「人情」
4 家族の喪失と回復
「涙」と通俗的倫理の結婚/家族の謎をめぐるミステリー/不幸・美談・奇縁/謎の答えのパターン
5 大衆小説の快楽の本質
秘密の魅惑/ディープな人情本読者/「涙」の本質
●Ⅶ 物語の面影、歌心の引用
人情本の文学的資源
1 文学における愛への愛
文学が文学を引用する意味/ロマンの再生産と変奏
2 『伊勢物語』『源氏物語』の投影
業平の末裔/追憶の主題/古典愛好者の設定/源氏の面影/追憶を呼び覚ます物語
3 歌心の引用
物語と歌の地平/恋心を編集する手際
4 スノビズムの効用
スノッブ----表象の擬態/女性の品格というスノッブ
●Ⅷ 恋のふるまいと女の願い
神話・美・道徳・教訓
1 江戸のピグマリオン
彫像への愛/昔の恋人の衣裳を着せて/男の独占欲と女への教化
2 江戸のシンデレラ願望
恥じらいと笑顔/内面の魅力の呈示/愛される理由/
3 女子教育機関としての御殿奉公
身体の内面を規範化する文学/女の階級上昇の可能性/奉公の教育的機能
4 美と道徳の地平
女性読者の規範/しぐさの呈示による教化/化粧広告における教化/内面と外面の両立
5 古典文学の教訓的受容
「品格」と「情操」/「美」と「道徳」の均衡/レーベルの品格/側室への願望と教訓
6 女性の宗教生活と人情本
女たちに信仰された日蓮宗/人情本のなかの法華信仰/迷子の縁----神話的構造
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◎エピローグ
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井上泰至[イノウエヤスシ]
昭和36年(1961)京都市生まれ。上智大学大学院文学研究科国文学専攻単位取得満期退学。日本近世文学専攻。現在、防衛大学校人間文化学科准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)