能楽大事典
2012-1
筑摩書房
小林責,西哲生
圧倒的な項目数と綿密な記述を併せ持つ空前の総合的大事典
刊行のございさつ
能楽(能と狂言)は、雅楽・歌舞伎・文楽とならんで、日本の代表的な伝統芸能であると同時に、今に上演され続けている現代の舞台芸術である。一方で今日、能楽は自由な感性で楽しむことがむずかしい芸術と思われてもいる。また、狭く深い特殊な伝承を維持するなか、前近代においてすでに古典芸能と化した趣があり、一般の理解をはばむような傾向をもったことも事実である。
本事典はこうした事情に鑑み、能楽の専門的な知識を可能なかぎり集約し、読書界に提供することで、能楽が日本文化の奥深い教養を湛えつつ、現代の人々にも感銘を与える生きた芸能であることを理解していただくことを企画して刊行されるものである。見出しをジャンルに拠らず全て五十音順に配列したのも、ひとえに広汎な事項の参照を容易ならしめるためにほかならない。収載項目の豊富さと記述の綿密さにおいて、これほど大規模かつ総合的な能楽事典は、出版史上空前といってよくあえて「大事典」と名づけた所以である。大事典が、江湖の読者の能楽への関心を深める一助となることを願ってやまない。
筑摩書房
本事典の特色
・4000項目に迫る全見出しを五十音順に掲載し、一般の国語辞典と同様の項目検索を可能とした。
・収録項目は、能と狂言の歴史、流儀、曲目、技法、演出等全般に及び、現代の読者の幅広い関心と疑問に対応した。
・項目の記述は分りやすさを旨とし、曲目解説では詞章の過不足ない引用をとおして筋の展開が容易に会得できるようにした。
・巻末資料として以下の十一分類を収載した。
1.能現行曲一覧
2.狂言現行曲一覧
3.復曲能一覧
4.復曲狂言一覧
5.新作能一覧
6.新作狂言一覧
7.能楽道具図録
8.能楽面図録
9.能楽諸家系図
10.主要能楽堂一覧
11.楽器(四拍子)図
推薦のことば
能楽研究の成果 横道萬里雄(東京芸術大学名誉教授)
能楽の文学的研究、歴史的研究は、わたくしが能や狂言を見はじめた昭和初期からさかんでしたが、第2次大戦後は、さらに詳細で厳密な研究が行なわれています。わたくしは、それに加えて能楽は、歌舞伎や文楽となってならぶ日本の楽劇であると考え、音楽的技法や舞踏的技法の解明が必須であるとの思いから、その方面の研究に微力を尽くして参りました。さいわい共鳴してくれる研究者も出て、今では能楽の技法や演出の研究でも相応の業績があがっています。この「能楽大事典」は、そうした最近の能楽研究の成果をじゅうぶんに取り入れながら、個々の項目をわかりやすく解説した仕上がりになっているようです。能楽を愛し勉強しようとする人に、この「大事典」の御入手をお勧め申し上げます。
空前の大著「能楽大事典」 馬場あき子(歌人)
待望久しい「能楽大事典」の上梓が実現した。これほど詳しく、緻密で丁寧な心がとおっている事典は珍しい。能狂言に関する専門的な知識を共有財産としようという壮大な企図によって立てられた大小四千に上る項目はすべて五十音順に並ぶ。能狂言一番一番の曲趣はもちろん、面・装束から噺子の諸知識、能の構成の部位や謡の種類、能の小書きや狂言の子舞まで、故人も含めて役者のプロフィールもある。今日完成をみるまで四十年の歳月を要したという。項目の解説文の一つ一つが本当に能を愛する人のこだわり深い心をみせて終始衰えがないことも驚くべきことだ。濃密なページを繰りつつ、空前絶後の事典に出会っている喜びを感ずるのは私だけではないだろう。まさに心血を注いだ遺産としてこの書は能を愛する人、能を知ろうとする人の必見、必携の座右の書として、長く尊重されることを疑わない。
能を面白く見る事典 渡辺保(演劇評論家)
能を面白く見るにはどうしたらいいか、とよく聞かれる。その度に私は見に行く前にテキストを読むことを勧める。ところがテキストを読むと専門用語が多くて余計頭が痛くなるという。それならば専門用語をすっ飛ばしなさいという私はいう。一見乱暴に聞こえるかもしれないがなにより大事なのは、その曲がどういうドラマの骨格を持っているか、なにを表現しようとしているかだからである。なんの話か分らなければ話にならない。
しかし、テキストを読み、舞台を見れば、多くの疑問が湧いてくるのも事実である。その時はじめて専門用語が問題になってくる。その疑問を解決してくれる辞書があればいいのに、と私はいつも思ってきた。
それも今日の最新の研究成果を踏まえた辞書があればどんなにいいか。
この本こそ、それに応える一冊。これからは能がさらに面白く、身近になるだろう。